二人のアンダーソン

日本では今、才気溢れる二人のアンダーソンの新作が公開されています。一つはポール・トーマス・アンダーソンの『ファントム・スレッド』。もう一つはウェス・アンダーソンの『犬ヶ島』。

甘美な世界をポール自身による重厚なキャメラワークでなめるようにじっくりと映し出す『ファントム・スレッド』と、ポップで軽やかにカットを割って行くストップモーションアニメの『犬ヶ島』。対照的な作品ですが、テーマはやはり愛という事で、一致しているとも言えます。

phantom 名詞1 幻;幽霊、お化け(ghost);幻覚、錯覚 2 幻像、幻影;幻想 3 実体のない物 形容詞 幽霊の(ような);幻覚の;幻影の;外見上の;見知らぬ

thread 名詞1 糸、縫い糸((純化・宿命などの象徴))

ファントムの意味をどう取るかによって様々な解釈が可能なこのタイトルは、歴史的にはヴィクトリア時代、王侯貴族の服を作るために長時間労働を強いられていた東ロンドンのお針子たちが、過労のあまり、仕事が終わっても「見えない糸」を縫い続けていたことを指すそうです。

主演のダニエル・デイ=ルイスは本作の役作りのために本格的に洋裁を学び、ポールによるとバレンシアガのスーツを複製できるほどの腕前になっていたとのこと。優れた靴職人でもあるダニエルの針さばきも本作の見どころです。そして人よりも服を愛していたレイノルズ(ダニエル)が、想像を絶する紆余曲折(観てのお楽しみ)を経てようやく人への愛に目覚める相手を演じるヴィッキー・クリープスは、ダニエルの要望によって一切のリハーサルを行わずに稀代の名優ダニエル・デイ=ルイスと対峙。撮影が始まり、1週間ほどが経過した頃、ダニエルはポールに「彼女が恐ろしいよ」と言わしめるほどの才能の持ち主である彼女との共演によって、ダニエルも本領を発揮。素晴らしい演技の応酬を堪能することができます。

途中でキノコが出てきます。とても重要な役です。キノコといえばジョン・ケージですが、当然のごとくジョン・ケージは出てきません。その代わりにジョニー・グリーンウッドによるグレン・グールドとネルソン・リドルを参照にしたというクラシカルな音楽が、絢爛豪華なオートクチュールの衣擦れの音と共演。音にも要注意です。

カット数はおそらく500~600辺りで、最近の映画にしては少なく、じっくりと滑らかにパンしたり、ティルトしたりするキャメラが映し出す世界に酔いしれること請け合いの作品。

ディテールまでこだわり抜かれた膨大な数のパペットとセットを使い、670人ものスタッフが4年の歳月をかけて完成した『犬ヶ島』は、次々と移り変わっていくカットの一つ一つが美しく、一度観ただけでは到底把握できないディテールの数々に圧倒され、すぐにカットを数えることは放棄してしまいました。

まるで今の日本社会のパロディーでもあるかのような物語。七人の侍のテーマが流れ、kode9の”9 samurai”を想起したりもする全編興奮し通しの101分間です。何一つ見逃すまいと勢い込んで挑みましたが、あまりにも多くのものを見逃してしまい、もう一度観に行きましたが、また観たいくらいに良いです。

太鼓を使用したかっこいいアレクサンドル・デスプラ(「グランド・ブダペスト・ホテル」「シェイプ・オブ・ウォーター」など)の音楽が、印象的なアクセントをもたらします。サウンドトラックの日本盤も発売されている模様。

主人公が小さな声で話す棒読みのセリフが面白く、ともに旅する犬たちの声優がエドワード・ノートン以外皆over60というのも、犬の声とは熟成された声が合うのかと、そんな事は考えた事も無かったので、新鮮でした。

映画は1秒24コマ。今回ウェスは2コマずつ同じカットにすることで、少しカクカクとした、不思議な動きの印象をもたらすようにしています。そこも見所です。

ろくでもない政治家がろくでもない政策ばかりを通すメガ崎市の未来は如何に?

美しい色彩、表情豊かなパペット達、全てのカットが見所の素晴らしい作品です。そしてウェスお得意の兄弟ネタもここぞとばかりに効果的に炸裂します。愛犬家の方には一際たまらなく愛おしい作品に仕上がっていると思います。

『希望のかなた』『散歩する侵略者』『メッセージ』『スリー・ビルボード』『シェイプ・オブ・ウォーター』など、最近の映画は今の世界に蔓延する排外的思想に対抗するように、寛容な愛、慈しみをテーマにしたものが増えているように思います。映画は様々な地域、様々なシチュエーション、様々な人生を描き、そこから得られるもの、考えること、感じることも様々、最高の教科書です。

映画館へはお早めに。そのうちにと思っているうちに、だいたい終わってしまいます。

行松陽介

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